書籍紹介:認識形成のために

犬塚潤一郎

 地球環境問題には、認識と対処の問題があり、その問題性はスケールにある。

我々はまだ、地球的(グローバル)な規模の問題に対して、物理的、政治的、文化的に統合されたものとしての、充分に正確な尺度を持っていない。

エネルギー供給と天然資源の減少・枯渇、生物多様性の破壊、気候変動による社会基盤の崩壊など、トピックとしての環境問題が取り上げられない日は無いが、それらが意味する危機の規模や時期に対して、個人も政府も、国際的な政治の舞台も、何か別のことを考えているかのようである。“危機”はそれが人類の、あるいは文明の規模を持つものであり、時期は差し迫っていると告げている。しかし人の“危機感”は円高、少子化、景気、雇用など多くのことに分散し、人類も文明も、その中では相対的な問題でしかないようだ。

人類の起源と歴史を探求する学は、5-4万年前に急速な道具の進歩がはじまったことを告げるが、この人々と現代人には、遺伝子上の違いはないという。つまり、我々現代人にとっての、直接的に外界の変化を知る感覚器官の機能は、氷河期にマンモスやトナカイを追っていた人々と、生理学的に違わないということである。いやむしろ、あまり使わないことによって大きく鈍ってもいるだろう。感覚器官を通して現れる世界は、彼らのものほどには生き生きとも、密度の高いものでもないのだろう。それでいて我々は、彼らのものよりも格段に広く複雑な世界に生きていると感じている。我々にとっての世界が、直接感覚によってとらえれるものよりも、はるかに多くの抽象的なものによって満たされているためである。

その意味では、我々の危機感の多くが、社会を生き抜くことの不都合に向けられているのも当然だろう。社会についての多量の情報が、現代的メディアを通じて我々の意識を溢れさせ、そして絶え間なく通り過ぎてゆく。19世紀末には、大半の人間にとって、生産財としての自然の価値は急速に低下しだし、今日では、日々の生存の条件は金銭経済の中にある。

このような人間の意識と世界の現実において、直接的な環境の問題の占めるところは限られてしまうのだろう。地球環境問題に対して警鐘を鳴らす人は、ことさらに危機をあおるばかりだと非難されもする。それでなくても社会は、労働は、家庭は、心身は、複雑な危機を抱えているのだから。

しかし、深刻なエネルギー不足や資源枯渇、気候変動による大規模な災害の繰り返し、食料と水の恒常的な不足が、地球規模で引き起こされるのが数十年後であるとしたら、それを多くの危機のひとつとして横に並べておくというのは、あまりにバランスを欠いた認識である。

だからといって単純に、人間社会の問題よりも、人間社会の基盤となっている自然環境問題へのウェートを高めるべきだというのではない。人間社会が転換点を向かえていることは確かである。それは単純化すれば、向かうべき目標やモデルを、人類としてのスケールでも、国家、地域社会、家庭、個人のレベルでも、確かなものとして持ちあるいは共有し得ないということである。建前の上ではそれは、価値観が多元化し緩やかなネットワークで個人がつながれた、成熟した社会の現れなのかもしれない。しかしその場面的・刹那的なつながりは、より大きなスケールの危機にはほとんど無力である。それが市場の、文化の、そして自然環境の危機に対する対処として現れている。

地球環境問題とは、人間の利用する資源としてみての、人間の築き上げた文明社会の維持の点から見ての危機であり、その意味で人間活動のモデルの危機である。格差、貧困、精神病理など、数多くの人間社会危機と、ひとつの構造において捉えられるべき問題である。

我々にとって必要なことは、個々の問題を適切に位置づけ関係的に捉えることのできる構造的なスケールの認識である。個々の問題はそれぞれの規模と対応の速度を要求している。それぞれの要求に速やかに応えようとする誠実さはしかし、それだけでは全体としての齟齬や矛盾をむしろ拡大してしまうことさえ、すでに我々にはなじみの深いことである。それはブリューゲルがバベルの塔の絵に描がいた、混乱という名の悲劇の構造と同じである。

 地球環境問題に対処するための、我々の認識のスケール形成を目的として、以下の書籍をあげる。

  • グリーン革命 (持続性:経済社会の政治) 市民に代って、事実に関する情報を集め、整理し、その中から意義を探り出して市民に伝えるのがジャーナリストの役目であるとすれば、環境問題の実像を知ることについて、読者は本書に多くを期待できる。実際のところ、ピューリッツァ賞を三度も得る人物は、これほど多様で多くのキーパーソンたちに会い、佳境を訪れることができるのかと、感心させられる。著者はそれらの出会いから得られたものを自分の驚きとともに伝えるので、読者もまるで自身の経験が広げられるように感じるのである。 上巻は主に、気候変動を中心とした問題の現状を探る旅である。その間、著者の姿勢は一貫していて、この困難をなるべく正確に、正面から受け止めて、それに対処する道筋を努力して切り開いてゆこうというものである ...
    投稿: 2010/11/07 14:11、Jun Inutsuka
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